韓載香先生 令和元年度総会記念講演

2019年7月12日

講演「パチンコ産業史-周縁経済から巨大市場へ-」
講師:韓載香 北海道大学大学院経済学研究院准教授

 はじめに、本講演は韓氏の著書『パチンコ産業史』(名古屋大学出版会、2018年)に基づき行われました。以下の文章では、本書では綴られている事実検証や時代背景の考察において省略している点があります。本講演内容の紹介に関してご興味・ご関心を抱かれましたら、是非、本書をご一読頂ければ幸いに存じます。また、本文の転載・引用につきましては固く禁じます。(余暇進事務局)

『パチンコ産業史』(名古屋大学出版会、2018年)
『パチンコ産業史』(名古屋大学出版会、2018年)

 一般社団法人余暇環境整備推進協議会(笠井聰夫代表理事・会長)は5月14日、都内ホテルにおいて定時社員総会を開催した。総会終了後、同会場にて記念講演として北海道大学大学院経済学研究院准教授の韓載香氏を講師に招き、「パチンコ産業史-周縁経済から巨大市場へ-」と題した講演が行われた。
 韓氏は韓国・ソウル市出身で、京都大学経済学部、同大学大学院経済学研究科修士課程、東京大学大学院経済学研究科後期博士課程を修了、現在は北海道大学大学院で准教授として日本現代経済史、地域経済史を専門に教鞭をとっている。
 この日の演題である「パチンコ産業史-周縁経済から巨大市場へ-」は、同氏が2018年に出版した書籍と同じタイトルで、同書はパチンコ産業の黎明期に当たる1950年代から1990年代までを対象として「産業化」への変遷を、15年余りに亘って調査・研究した内容をまとめた一冊となっている。そこでは、いかにパチンコが成長してきたのかという点だけではなく、経済学の観点から発展の過程にあった産業基盤の形成に着目している。

 

韓載香氏(北海道大学大学院経済学研究院准教授)
韓載香氏(北海道大学大学院経済学研究院准教授)

 

 講演の冒頭、韓氏は歴史を振り返る意味について次のように話した。

「学生にとって歴史は年表のように事実を羅列することであって、覚えるものだという認識を持つ者が少なくありません。将来を考える上では役に立たない知識であるという反応です。一方、歴史の中には、今抱えている問題の正解があるとする考え方から歴史に学ぶべきとする意見もあります。『歴史は繰り返される』という言葉にはそのような歴史に対する期待が表現されています。
 しかし、歴史を観察することは無駄でしょうか。また、過去と現在の間には埋めがたい状況や考え方の違いがある以上、全く同じことが繰り返されるとみるのには無理があります。
 ペンローズという著名な学者は『企業の中で未利用の資源を活かすことが企業成長につながる』としています。未利用、つまり『余っている』状態にあるものは成長の基盤となる資源ですから、一見『無駄』なものが重要なのです。歴史も直ぐには役に立たない無駄なものに見えますが、これまでの企業による様々なチャレンジとその結果を知ることは、より広い視点を育んでくれます。歴史のなかでどのような試みが成果を生み出したかについての検証ができますし、その時々の状況に適した選択を抽出してみることによって思考を洗練させることができます。」

 パチンコ産業史に着目し、研究をはじめた理由について韓氏は、「パチンコをキーワードとした一般的な認識がアングラや反社会的といったダーティーなイメージで語られ、パチンコ関連の書籍でも裏話や怖さを連想させるものが多く、今日まで続いている実態を客観的に表すものは見当たりませんでした。また、ダーティーなイメージが先行して語られますが、かつて日本が高度成長期を経験し、働き詰めのライフスタイルから余暇の重要性が提唱された1970年代に、大手新聞社の連載記事において、パチンコを国民の代表的な大衆娯楽として評価し、紹介されていたことは忘れられた歴史となっているように思います。現状のネガティブな認識とは距離のあるその評価が何を意味するものだったのかが気になり、それまで何が起こったのかについて今一度振り返る必要はないかと考えました。」と研究をするに至ったきっかけを語った。

 しかし、実際にパチンコ産業史の調査・研究に取り掛かってみると、「実態を調べようにも手探り状態でした。産業発展の理由については、業界外の人は在日韓国・朝鮮人のコミュニティや賭博性など特殊的なことを挙げます。業界関係者からは特定の人物や、時代毎のヒット機の登場に焦点が当てられ、産業全体への関心は薄いように感じました。永く業が続くための基盤形成に関する話に行き当たるまで、相当の困難を伴いました。」と懐述した。

 パチンコに対するイメージについて、韓氏が異なる世代を対象にして実施したアンケート調査から興味深い結果が得られたという話があった。
 質問への回答において世代間の明確な違いが見られたのが、パチンコに対するイメージに関連する「ギャンブルであり、なくしほしい」、「ギャンブルであるが、特別に悪いとは思わない」「暴力団と関係がある」、仕事としてのイメージに関する「パチンコホールが利益率の高い業種であり、もうかることを知った場合、投資しても良い」、「パチンコホール経営者に、在日韓国・朝鮮人が多いことについて知っているか否か」であったと報告した。2012年の当時平均70歳代を対象とした調査の結果では、前述の質問の順に5割が「悪くない」、4割が「関係ある」、1割が「やってみたい」、8割が「知っている」という回答が得られたたという。他方、2014年に、20歳前後の大学生に対して実施した同調査への回答では「ギャンブルは悪くない」、「暴力団と関わりがあるとは思わない」、「在日韓国・朝鮮人との関係が深いとは知らなかった」と回答する傾向が強くなっており、ダーティーなイメージは20歳代の若者では相対的に薄い、との結果が伝えられた。

 韓氏は「このギャップが示す変化は何を意味するのか、何がそうさせているのか、実態が明らかにされていないままイメージとの乖離が発生したのではないかと推察しました。この点を突き合わせていくことが、解かなければならない研究課題となりました。」と話した。

           

 この日、本題として紹介されたテーマは「規制は産業の成長を阻害する要因であるのか」と「自由競争は無条件で市場成長を保証するのか、企業成長はどのような市場環境で促されるのか」であった。前者はパチンコホールの営業帳簿から売上高の変化や出玉率の推移を読み解いたもの。後者は遊技機メーカーにおける特許ライセンスの許諾を手段とした組織化が、価格競争によって乱れていた市場の秩序を回復させ、開発競争の誘発と、魅力的な遊技機の登場につながったことを解説した。

 調査・研究を進める中で、業界でも有数の老舗ホールの景品の仕入・出庫帳簿に出会ったエピソードを披露しながら、「この帳簿を精査する中で、時代が進むとともに景品が量的にも、内容的にも変わっていくことや、日々の売上高と粗利益率のばらつき及びその範囲の変化が判明するに至りました。そこから客がどのような目的で、どのようにパチンコを消費したか、経営状態はどのようなものであったのかが分かってきました。」と紹介した。

 具体的には、「日々の売上高と粗利益率をプロットしてみると、規制を挟んで変化があらわれました。その分析結果によると、ひとつは1955年の連発式禁止規制(昭和30年)前後の売上高と粗利益率において、規制前は日々の売上高も粗利益率も日々大きな変動を繰り返していましたが、規制後の粗利益率は一定の範囲に収束していきました。」と解説。

 その理由について「急激な店舗数の減少やプレイヤーに提供する遊技機が単発式機械に変わったということもありますが、連発式の時代は、どれだけ店にくぎ調整の腕前があろうと、機械の持つ高い射幸性の特性と、機械自体の性能の不安定性から日々の集客人数や売上を予測するということが非常に困難でした。連発式禁止後は粗利益率の変動の幅が狭まったことから、意図しないマイナス粗利を出していた時代を抜け、予測や計算を立てやすくなったという意味でひとつのビジネスモデルがこの時代に構築されたと仮説を立てました」とし、粗利益率の安定は投資効果が計算できるビジネスへと移り変り、このことが遊技機の定期的な入替など、積極的な投資を可能にし、定期的な遊技機の入替は、客がパチンコへの魅力を失わない契機づくりとなり、その後の持続的な産業成長の基礎となりました。」と分析した。

 ふたつめは1980年代に売上が急伸するが、これはフィーバー機の登場と重なると紹介。業界全体の市場規模の拡大が、店舗の大型化など多様な営業形態の出現にも繋がっているとし「フィーバー機は極めて射幸性が高かったのですが、1950年代の連発式が売上高の乱高下を伴っていたのとは異なり、確率によってより狭い範囲内での変動のなかで売上高が確保されるかたちがうかがわれました。ここでもビジネスモデルの安定化が進んだことが見受けられました。」と述べた。

 韓氏は、市場規模の拡大にともなうパチンコホールのマネジメント改革の一端として「くぎ師の役割の縮小」を挙げ、次のように話した。

「1980年代、フィーバー機の登場でホールはマネジメントの変化を迫られるようになりました。確率によって制御される機械体系は店舗の大型化を促しただけでなく、それまでのように腕の良いくぎ師に依存しただけの営業では行き詰まっていきました。そこでマネジメント全般の見直しを迫られました。遊技機の進化は、くぎ師が果たす営業領域や役割を以前より小さくしたとも言えます。他産業の発展の歴史でも見られることですが、熟練技術というものが、核心的な意味を持たなくなっていったのです。この時代、くぎ師中心の営業から抜け出した企業が成長の可能性を掴み、従来通りの営業を続けた企業は経営が行き詰まっていきました。くぎ調整以外の方法を模索し差別化を図った企業の登場と、その企業群の中からチェーン展開のビジョンを模索する企業が生まれたことが、ホール側の歴史として大きな出来事となりました。」(韓氏)

            

 一方、遊技機メーカーの歴史を紐解くと、1950年代から新技術開発に関連する特許の侵害事件が多発し、物品税納税の問題が台頭。1955年の連発式機械の禁止後は、無断模倣と納税回避に基づいた廉価販売による過当競争を強いられ、開発力のあるメーカーが市場から退場していった時代があったと紹介された。
 韓氏は、当時こうした状況を打開するべく遊技機メーカーの有志が集って取り組んだ株式会社日本遊技機特許運営連盟の設立などの組織化が「持続的な技術発展の仕組み」の礎を築き、パチンコ産業史において注目すべき点であると、次のように話した。

「機械を巡る価格競争はホールにとっては良いことのように思えるかもしれません。当時の遊技機メーカーは一見競争していたようですが、それが可能だったのは納税回避と無断模倣によって費用を切り詰めていたからでした。ただ、そのことによって機械の市場価格は製造原価を下回ってしまい、開発志向的な有力企業は利益を上げることができない状態でした。
 競争を通して良いものが売れるという市場の機能は失われ、模倣製品を安く売るメーカーが市場に残りました。
 そうした正常ではない環境の秩序を取り戻そうとした動きが1960年代に本格化します。その第一歩となったのが日本遊技機工業組合の結成や日本遊技機特許運営連盟の設立などの組織化でした。組織化の狙いは脱税のような反社会的な行為を市場から排除すること、企業努力によって開発した技術が正当に評価されるようロイヤリティを払ってもらうことにありました。
 その中心的な組織が、特許プールを行っていた株式会社日本遊技機特許運営連盟です。特許プールが有効であった理由は諸々ありますが、税金を納めない、技術料も支払わないで廉価販売するメーカーに、適用範囲の広い特許権を行使することでした。このため違反メーカーは高い特許料を支払うだけでなく、遊技機製造において特許のかかった技術を回避するかたちでしか生産ができなくなりました。基礎的な技術を回避することは極めて難しく、事実上生産ができなくなりました。
 このことにより、市場にはロイヤルティを収め、納税したメーカーが残り、メーカー本来の技術的進歩をともなう開発・生産技術を巡る競争が促されました。
 価格競争は悪いことではありません。しかし最終消費者のプレイヤーに喜んでもらえるような遊技機が開発され続けられること、つまりプレイヤーの遊技機に対するマンネリ感を払拭できる新しい遊技機の継続的な開発こそが産業の持続的な成長を支える基本的な要素であると同連盟所属のメーカーは考えたのです。
 遊技機はプレイヤーが支持する要素を盛り込み、激しいトレンド変化にも対応していかなければならないわけで、そうした試行錯誤を重ねても、発売した遊技機が必ずしも一定数販売できるとは限りません。
 総じて開発のリスクは高いです。特許プールは互いに開発した技術を安価なロイヤルティで使用できるようにして開発を促進し、メーカーの積極的な開発がもたらすであろうマーケットシェアの拡大による開発コストの捻出と製造技術の向上を両立させるに至ったのです。
 ところで、このように開発リスクが高く、販売契機も盆暮正月の入替シーズンに集中するため、遊技機メーカーは在庫をほとんど持たない生産体制を築きました。他産業でも今日、メーカーは在庫を持たないマネジメントが焦点となっていますが、遊技機メーカーは50年も前にこのような興味深い取り組みを行っていました。」(韓氏)

 以上のように話し、「自由競争が無条件で市場の成長を促すとは言えない実態があったのです。遊技機メーカーは、限られた市場の中で、より魅力的な遊技機を市場へ提供していくという目的を共有し、ロイヤリティを抑えたことが開発・販売へ注力できる環境となり、『持続的な技術発展の仕組み』となりました。このような1960年代の取り組みがその後の産業発展に寄与したと考えます。」と解説した。

 この他、パチンコ産業史において無視できない、いわゆる三店方式と呼ばれる賞品流通の仕組みが形成された背景について、「1950~1960年代に、業界の持続のためには景品の売買をめぐり反社会的な勢力の介入を排除することが不可欠だという問題意識のもとで、様々な知恵が提案されました。その取り組みが結集されたものが賞品流通の仕組みの起源にあり、これもパチンコの産業化を語る上では重要な出来事です。」と、興味深い言及があった。

 講演のまとめに際して韓氏は、「規制は産業の成長を抑制するのか、については、規制がもたらした市場の秩序回復が開発競争を促進しました。その結果、市場成長をもたらしたイノベーションが生まれたという事例から、規制が成長を抑制するとは限らないと言えるでしょう。かといって、規制等のある種の制約条件が課されるとイノベーションが必ず現れるというものでもありません。そうではなく、乗り越えなければならない障壁が明確であるとき、企業が持った限られた資源を集中的に投資した結果、それがイノベーションにつながっていったということが言えます。産業成長をもたらす市場での競争は、無条件で与えられるわけではなく、市場が機能する基盤としての制度作りによって、イノベーションをもたらす競争が始まったということです。繰り返しになりますが、規制がかけられるとイノベーションが生まれるということではありません。」と話し、続けて、「メーカーが最初に特許に注目したときは開発インセンティブを促進していたというよりも、ロイヤルティを高く徴収するため特許権の解釈を巡る争いに明け暮れていました。開発した会社は権利を強く主張し、競争相手を市場から締め出すための争いが絶えない状況でした。ゆえに模倣製造による廉価販売が蔓延していました。権利の主張ばかりでは業界のためにならない、今は魅力的な遊技機を安心して開発できる環境を整えることだ、という問題意識を持った業界の人たちがお互いに少し我慢することで、特許プールの仕組みができました。結果、マーケットが安定し、良い遊技機を開発したらロイヤリティではなく、遊技機の販売代金で利益を稼ぐ道が開かれました。その土台の上にパチンコ産業の市場規模を急拡大させたフィーバー機の登場があったという見方ができます。」と述べた。
 また、「本日の話から、これまでみなさんが理解されてきた歴史認識と違った見方ができることを願っています。規制によって産業成長は必ずしも抑制されません。もちろん規制の在り方の問題もあります。にもかかわらず、企業を意味するエンタープライズの語源は、困難な場所へ入る、冒険という意味がありますから、制約がなんであれ、それまでと違う何かを生み出す事が企業の役割ともいえます。今後どのようなイノベーションが生まれてくるのか楽しみです。自由な競争は産業の成長を保証するものではないことがパチンコ産業の歴史の一コマから見られました。経済学の学問の視点でも大変興味深い点です。何かしら感じていただいたならば幸いです。」と語り、講演を終了した。

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韓載香氏 略歴

1971年 生まれ、韓国・ソウル市出身

学 歴
1999年 京都大学経済学部卒業
2001年 京都大学大学院経済学研究科修士課程終了
2004年 東京大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学

職 歴
2007年度から首都大学東京, 社会科学研究科, 助教
2008年度から首都大学東京, 都市教養学・経営学系, 研究員
2010年度から東京大学, 大学院・経済学研究科, 特任准教授
2012年度から現在 北海道大学, 経済学研究院, 准教授

【研究分野】日本現代経済史、経営史、産業史
【研究キーワード】情報、ネットワーク、マイノリティ、企業成長、コミュニティ、信用組合、社会関係資本、在日韓国朝鮮人、中小企業、移民、民族、企業家

主な受賞歴
2012年 政治経済学・経済史学会 政治経済学・経済史学会賞、第5回(2011年度)企業家研究フォーラム賞、平成22年度中小企業研究奨励賞・本賞
『「在日企業」の産業 経済史:その社会的基盤とダイナミズム』名古屋大学出版会、2010年
2018年 サントリー学芸賞 『パチンコ産業史 周縁的市場から巨大市場へ』名古屋大学出版会、2018年

会場:ホテルインターコンチネンタル東京ベイ
会場:ホテルインターコンチネンタル東京ベイ

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